最期まで暮らしなれた自宅で
Sさんを受け持つことになったのは、私が訪問看護師として勤務を始めて2年目くらいのことです。
子宮頸がんターミナルのSさんは独身76歳、MSコンチン(内服)では痛みのコントロールができず、疼痛緩和の調整目的で再入院することになりました。IVHが入り点滴と側管から持続注入ポンプを使用して塩酸モルヒネを注入して痛みをコントロールしていました。何度か病床訪問し話をする中で、在宅での生活を希望され、退院当日には病院へ迎えに行きました。
在宅で生活をするにあたって、本人が不安にならないよう朝昼夕のヘルパーはもちろんのこと、夜間の見守りヘルパー体制も作りました。
また訪問看護も連日入り、日中のケアと持続点滴の塩酸モルヒネの交換のために入るなど、勤務時間外での対応もしていました。
入院前から食欲がなかったSさんですが「入院中に看護師さんがね、お寿司を買ってきてくれたの」と嬉しそうに話していました。「退院したらお寿司とお酒でお祝いしたいな」と話されていましたが、当時の私は、利用者さんを特別扱いするのはいけないことと思っていたので、退院の日に本人の希望のお祝いの準備ができませんでした。
当日、ヘルパーの1人がワンカップを買ってきて、「さあ、みんなで一口ずつ飲んで退院を祝いましょう」。かけがえのない時間を過ごすSさんに、私も最初からみんなでお祝いを準備してあげればよかったといまさらながらに思っています。
退院して数日後、昼間にヘルパーといる時に、徐々に呼吸が荒くなり苦しそうな様子がみられたその時、私はSさんに「十分頑張ってきたからもういいよ、がんばらなくて」と声をかけると、しばらくして彼女は穏やかな呼吸になり私とヘルパーの見守る中、静かに息を引き取りました。
もう10年以上前のことですが、私には忘れられない、独居でもその人らしく最期まで暮らしなれた自宅で支えることの大切さを教えていただいた事例だったと思います。
(クリニック柳島・2016年4月号掲載)