東京民医連

輝け看護!

みんいれんTOKYO(機関紙)の「輝け看護!」コーナーから

A氏が目指したゴールを支えて

 6月に大病院から転院したA氏50代男性は、胃がん、腹腔内転移、腸管閉塞、ストマ造設、胃チューブ、腸瘻、PTCD、尿バルンが挿入された状態で、全てのルートから血性のものが流出していた。転院目的は「在宅看取りの調整」。大病院ではこれ以上の調整は無理とのことだった。
 転院2日目、A氏は私に対して、「まな板の上の僕、趣味は自転車で今は全然だめ、看護師さんは何かしてるの、逞しいその腕」「登山ですね、自分の足で坂をのぼり、自転車と同じですよ。Aさん今は頂上目指して頑張ってますよね」「はい、家に帰りたい。必ずゴールしますよ」夜間の頻回な痰絡み、咳嗽、呼吸苦、不安の中A氏が心境を語ってくれた。転院7日目「いつも頭の中が痰のことばかり、どうにかならないかな」妻が終日付き添い、吸引の練習を兼ねて積極的に関わってくれる。そして、「後悔しないようにしたい」と涙ぐむ。妻は吸引に対して不安をもち、自分の方法では呼吸苦が出てしまうと看護師に言う。
 次第に夜間のせん妄が強くなりこん睡状態に…10日目妻は、「早く、早く、もういいって彼が言う、楽になりたいのかな。それなら家で看取りたい」「数時間でも家に帰ろう」と息子さん。
 11日目、在宅チームを入れたカンファレンスの当日、急遽家に帰ることになったA氏。急いで準備し退院、血圧78/64、酸素88%、とう骨動脈触知良好、努力様呼吸あり、「今、Aさんは頑張ってゴールを目指して坂を上っています。もうすぐたどり着きそうです。脈は良く触れます。呼吸もしばらく大丈夫でしょう。帰りましょう」16時に自宅に戻り、23時に永眠された。主治医が持ち帰った写真には、開眼したA氏の表情があった。たった11日間の出来事だった。
 11月に遺族訪問し、奥様から「あの時、大丈夫帰れるよと背中を押してもらって、短時間でも退院できてよかった」その時、住み慣れたA氏の家から、荒川の流れやスカイツリーが見えた。
(王子生協病院・2016年1月号掲載)