東京民医連

輝け看護!

みんいれんTOKYO(機関紙)の「輝け看護!」コーナーから

診療所看護の意義を感じ

 私は、病棟に25年間勤務をしてきました。その中で、看護というものがわからなくなり、退職を考えていましたが、上司から「在宅を見てから考えてみたら?」という言葉で診療所に異動。でも私の気持ちに何の変化もないだろうと思いながらの異動からもう2年が。
 異動する前に、気持ちがやさぐれていた私が2年もの間、診療所で働き続けてこられたのはなんなのか、改めて考えてみました。
 往診では、私達の訪問日に風呂場に隠れている患者がいたり、本人は真面目に死んだふりを私達の前でしてみたり。外来では、待ち時間に何度も受付に来ては同じことを30秒と経たずに言ってくる認知症の患者さんの対応をしたり。熱い気持ちを隠しもせず、毎回2時すぎまで外来をやっている先生は帰り仕度している私に、「往診に今から行きたい」と言ってくる。「えーっ今から?」と思う場面も。
 また、患者さんをいかに知ってもらおうかと、入院申し送りを長々と書いていたり。異動する前に「診療所は病棟より早く帰れるよ」と言っていたのに、明らかに病棟より遅い帰宅。異動する前の私であれば、明らかにこの場にいないはず。でも困った患者さんや、熱い先生がいる、この空間にいる自分がいました。
 地域にある診療所の意義を感じ、住み慣れた環境(地域)で患者さんが最期まで暮し続けるには、どう援助していけばいいのか、どう気持ちを分かち合えるか。患者さんとの会話で患者さんの思いを沢山聞くこと、患者さんの人生の物語をきちんと受け止め、患者さんに寄り添うことが看護だと気付いたからなのかもしれません。
 だからこれからも患者さんと一緒に笑って、泣いて、怒って、その人の物語の一部に関わることが出来ることを楽しみながら、そっと寄り添っていくことを大切にしていきたいと感じています。
(小豆沢病院附属高島平診療所・2013年10月号掲載)