いのちの水を汚したのは誰か
~すすむ健康被害調査 生存権の問題として
いのちの水を汚したのは誰か
~すすむ健康被害調査 生存権の問題として
東京民医連三多摩ブロックでは「多摩地域におけるPFASによる健康影響調査の結果と民医連・共同組織の使命」と題して、小泉昭夫京都大学名誉教授を講師に学習会をおこないました。多摩地域の水道水に使われる地下水から基準を超える有機フッ素化合物(以下「PFAS」)が検出され、健康被害などへの対応の一環として企画されたものです。米軍基地での泡消火剤の使用で汚染物質が地中に浸透し、環境汚染や健康被害が進行するとの英ジャーナリストの報道以後、都水道局や周辺自治体、そして民医連事業所・共同組織でも、PFASの調査や対策を求めるとりくみがすすめられた経緯がありました。
PFAS血中濃度検査から見えるもの
永遠の化学物質による健康影響
「PFAS汚染 どうする日本!!!」と題した小泉教授の学習講演は、まず全国に見られるPFAS汚染の実態として、沖縄県の米軍基地および周辺地域、大阪・摂津市のダイキン工業の工場排水に起因する汚染などと並んで、東京・横田基地周辺自治体の汚染状況を示しました。
PFASは組成の構造上、原子結合のエネルギーが極めて強く自然界では壊すことができない性質から「永遠の化学物質」と呼ばれています。そのため安定的で、泡消火剤や紙にコーティングし油分がしみこみにくいファストフードの容器、雨をはじく衣類加工など多岐にわたり利用され、私たちの身近にあるものです。しかし体内に蓄積された場合の健康リスクとして、EUでは肝障害や腎がん、胎児への影響などが公表され、アメリカでは科学・工学・医学アカデミーから健康影響と臨床的フォローアップのガイダンスが発表されています。
アメリカの国内対策と日本の基地周辺対応との違い
そのガイダンスにもとづいてアメリカバイデン政権の示したPFASロードマップでは、汚染の報告ルールを定め、飲料水の規制を強め、土壌を含む除染実施と汚染責任者の追及まで視野にいれた対策を定めた法整備を進めるとしています。その基礎となるPFAS指標値はWHOよりも厳しく、最新のエビデンス・知見に基づいています。
アメリカの指標値(血中濃度PFAS合計20ng/ml)に照らしても三多摩で実施した血中濃度測定の結果は、規制対象となる数値を示しています。しかし沖縄の米軍基地施設内での汚染や東京・横田基地から地中に浸透した汚染状態への対応には日米地位協定があることから、アメリカでのPFASロードマップが適用されないことを小泉教授は指摘しています。尚、海外の健康影響への対応に比べて日本は水道水中のPFOS、PFOAの合計が50ng/lを目標値としているだけで規制基準も設けていません。
三多摩のPFAS汚染状況と課題
つづいて、汚染地域での健康影響や居住する住民の不安についての報告がありました。大阪・摂津市や周辺自治体での低出生体重児の頻度の高さや検出されるPFOS濃度の高さ、いろいろな病気が目立ち健康不安を抱えながら生活する住民の多いこと、が指摘されました。
健生会や三多摩健康友の会も加盟する「多摩地域のPFAS汚染を明らかにする会」が実施した血液検査の分析データ(中間報告、本年4月5日公表)の内容では、19市町村の273名の検査結果が示され、PFAS濃度の高さが指摘されました。特に血中PFAS濃度が高かった国分寺市(居住者の94・9%の方がアメリカの現在の指標値を超過)、立川市(同 居住者の78・0%の方が超過)はいずれも米軍横田基地の東側に位置し、地下水から汚染水が広がった可能性が指摘されています。
PFAS濃度を高めている要因として水道水を曝露源とする見解が示されました。その上で、今回、血液検査に協力した273名の居住地域が汚染されていることは間違いないこと、東京都や自治体には汚染実態を明確にさせ、健康被害への対策を迫るなど、(科学的な根拠にもとづいて)行政の責任をとらせることが課題になるとまとめられました。
この間のとりくみと今後の課題
健生会の事業所では血液検査に参加された方を中心に相談外来を設置します。健生会でPFASへの対応に、専門委員会としてかかわっている宮城調司先生(府中診療所所長)に、この間のとりくみで見えてきたことや今後、求められることをうかがいました。
「水」は生活の根幹にかかわる問題
今回驚くべきことは、立川市、国分寺市、府中市で、血中PFAS濃度が全国レベルよりかなり高いという方が、相当いらっしゃるということでした。20ng/ml(ナノグラム/ミリリットル)を超えている三多摩の数値は、全国平均5ng/mlに比べて高いものです。ちなみに沖縄の基地周辺ではやはり20超え25以上の所もみられます。
生活の根幹に関わる「水」が汚染源である可能性が高く、飲料水を通じての影響のほか、多摩地域の農作物への影響も考える必要もでてきます。また福島の放射線被ばくと同様に、風評被害が起きる可能性があり、慎重に進めることが大切だと思います。
2019年に都水道局が汚染を把握し、井戸からの取水を止める発表をしたのですが、それ以前から国(環境省)はPFASが検出されていたことを把握していながら、公表してこなかったことも明らかになっています。小泉教授の話では、国は2005年頃より把握していたとのことでしたので、14年間ほど黙っていたわけです。もちろんPFASの健康被害の指標が明確でなかった事情もありました。しかし、だからといって有害なものが検出されたことを黙っていたことは問題です。そういう体質を見ると、やはり住民運動の重要性を再確認したところです。
今回の血液検査で高めの数値がでた方の傾向はつかめましたが、発表されていない期間があったことを考えると、数年前に同じ検査をしていたら、どんな結果になったのか、とても心配になります。
生きているだけで健康被害にあっている
福島第一原発事故による放射線被ばくと非常に似ていると思います。住んで、生活して、空気を吸って、その中で健康に影響のあるものが体内に入ってくる。沖縄や多摩地域では居住する場所で水を飲んで体内に入りこんでくる。
生きているだけで健康被害に遭っている。日常生活の基盤が揺らぎますよね。生活そのものが侵されているわけですから。まさに生存権がおかされている問題です。
医療機関として、当然のこととして、取り組むことだと思いました。
どれだけの汚染があるのか、わかっていない
相談外来は、立川、府中、国分寺、武蔵村山で準備が進んでいます。基本は採血した方に、まず責任を持つことです。
今後、検査結果が公表されることで、心配に感じる方や「私も調べたい」という方が出てくると思います。そのため検査ができる体制が必要になります。また地下水や井戸水の水質や農作物への影響については、その方面の専門家とも協力して、調べていくことが必要です。
どれだけ汚染が広がっているのか、まず現在の状況をしっかりと把握することです。そして、曝露の実態や健康影響を減らすにはどうしたらいいかを発信していく必要があると思います。
※用語解説‥PFAS(有機フッ素化合物) 泡消火剤などに使用される化合物の総称。人体や環境への残留性が高く、腎がんの発症、コレステロール値の上昇など健康影響がでる恐れがあり、PFASの中でも代表的なPFOSやPFOAなど国際的な規制が進んでいる。米国指標では7種類のPFASの合計値が血液1ml当り20ng(ナノグラム)を超えると健康被害の恐れがあるとされる。