“決して他人事ではない”
「あずみの里」事件
“決して他人事ではない”
「あずみの里」事件
看護師・看護学博士
宮子あずさ
「あずみの里」事件は、2013年2月、特別養護老人ホーム「あずみの里」に入居中のAさん(女性・85歳)がおやつのドーナツを食べた直後に死亡したことに始まります。死亡の原因がドーナツの誤嚥による窒息が原因ではないにもかかわらず、Aさんを担当していた准看護師(女性)が業務上過失致死罪で起訴され、罰金20万円が求刑されました。
そして、19年3月25日、地裁松本支部は求刑通りの有罪判決を下し、現在も控訴しての闘いが続いています。
介護・看護の現場の萎縮を招く
この裁判への同業者の注目度は高く、無罪判決を求める署名は、45万筆、判決当日は無罪判決を求める支援者が300人ほど裁判所に詰めかけました。その後も支援の輪を広げる集会が、各地で行われています。
その理由は、有罪判決が確定すれば、介護・看護の現場の萎縮を招くと考えられるからです。看護・介護には当然責任が伴います。しかし、その責任は、ケアにあたる個人が負うものなのか。この裁判が問うているのは、まさにその部分だと考えます。
なぜなら、この裁判で最も特徴的なのは、これが遺族などによって起こされた民事裁判ではなく、警察・検察による刑事裁判だったという点です。ケアにあたった個人に刑事罰を科そうとする司法に対し、看護師として恐怖を感じます。
未然に防ぐ振り返りが難しくなる
私が感じる問題は、大きく分けて、2つあります。
1つ目の問題は、リスクマネジメントに欠かせない振り返りが難しくなりうること。
今回の裁判では、医療・介護の現場で取り入れられている事故を未然に防ぐ視点での振り返りが、告発に利用されてしまいました。
私たちは、明らかな瑕疵がない場合にも、自分たちに何かできることがなかったかを、とことん考えていきます。今回の場合、当初窒息事故が疑われたため、振り返りはその前提で行われました。
窒息はどうしたら防げたか。見守りの不足はなかったのか。今度もし同じ場面にあたったら、今回の経験から、自分はどう行動するのか……。
「あずみの里」事件
こうした視点で、あえて問題意識をもって状況を振り返ったことが、「予見できたことを実施していなかった」かのように捉えられてしまいました。これでは、今行われている臨床での振り返りが、大きなリスクになってしまいます。
リスクマネジメントに、振り返りは欠かせません。これが行われなくなるデメリットは、非常に大きいと考えます。
経口摂取が勧めにくくなる
そして、2つ目の問題は、経口摂取が勧めにくくなること。
近年、経管栄養や点滴などの強制栄養に頼りすぎず、経口摂取を勧める流れがあります。けれども経口摂取は、状態によっては、常に誤嚥の可能性がつきまとい、行うか否か悩む場面も多いものです。急な窒息もあり得ますし、誤嚥の蓄積から肺炎を起こす場合も少なくありません。
今回の事件は誤嚥そのものがなかったにもかかわらず、誤嚥の疑いをかけられました。しかし、実際私たちが働く現場では、リスクを覚悟で経口摂取を勧める場合もあるのではないでしょうか。それが患者さんや利用者さん、そのご家族の強い希望の場合は少なくありません。
ギリギリの状態で経口摂取を勧めた結果、「窒息させた」「肺炎を起こさせた」から業務上過失傷害だ、過失致死だとせめられる可能性が出てくるとすれば……。冒険はしないでおこう。そう思う人が増えても仕方がないでしょう。
問題意識共有し支援の輪を
このように、医療・介護の現場で個人が刑事罰を科される可能性は、看護・介護の質も変質させかねないものです。こうした現実をふまえ、高裁では判決が見直されることを切に願います。
以上のように、「あずみの里事件」裁判はこの国の看護・医療の方向性を決めかねない、大事な裁判とも言えます。また、どの現場でも起こりうる性質の事件であり、決して他人事ではありません。
1人でも多くの看護職が問題意識を共有し、支援の輪を広げて参りましょう。