2021年新歓企画第2弾「新型コロナと医療現場」~【第1部】コロナ禍、そして今後の医療や社会のために医療者は何をすべきか

新歓企画第2弾の第1部では、呼吸器内科医として後期研修のスタート初日から最前線で新型コロナの治療にあたってきた立川相互病院の奥野衆史先生に、医療現場の実態を語っていただき、コロナ禍、そして今後の医療や社会のために医療者が何をすべきかを考えました。

 

第2部では、奥野先生のバックグラウンドや、「医学生のつどい」「全国医学生ゼミナール」などの刺激を受けた医学生時代の経験を語っていただき、学生時代をどう過ごすべきかヒントをいただきました。

【第1部】コロナ禍、そして今後の医療や社会のために医療者は何をすべきか

立川相互病院呼吸器内科医師 奥野衆史先生

主治医として初めて診療した患者さんがコロナの患者さんでした

僕は立川相互病院の4年目の医師です。ここが地元で、立川市内の高校を卒業後、1年間浪人して信州大学医学部に入りました。卒業後は東京民医連の立川相互病院に就職し、初期研修を経て、現在は後期研修の2年目です。呼吸器内科の道を歩み始めているのですが、現在はコロナ真っ只中です。

 

僕の初期研修は2018年4月から2020年3月まででした。2020年1月に新型コロナが上陸したので、「これから立川にもコロナが来るぞ」という時期で、まずは自分の研修をちゃんと終われるのかなという不安がありました。初期研修の間、研修医は1人では診療せず、指導医とマンツーマンでやるので、お医者さんとしては半人前です。なので、当時の僕にとってコロナはまだ対岸の火事でした。院内の勉強会でいろいろ取り上げられていたので関心はありましたが、身近ではなかった。一方で、もう少しで初期研修が終われば役に立てるかも・・・、なんていう期待もありました。2020年3月から都内では感染者がどんどん増えてきます。立川市でも疑い症例が増えてきましたが、少なくとも当院には本物の患者さんは来ませんでした。

 

4月1日から僕は後期研修医となり、(まだ半人前ではありますが・・・)1人で診療できるようになりました。最初は総合内科として入院患者さんを担当したのですが、4月1日にウソのようですが、新型コロナ疑いの60代の患者さんが入院してきました。当時はまだPCR検査の結果がすぐには出なかったので、しっかり隔離して治療を行っていましたが、案の定、入院2日目に状態が悪化して人工呼吸器を使用することになりました。その日の夕方にPCR検査の結果が陽性であることが判明し、新型コロナ感染症と診断できました。

 

その後、4月4日、5日、6日と立て続けに新型コロナの患者さんが入院してきて、たった1週間で0人から4人に増えました。4人のうち3人を担当していましたが、現状のままでは感染対策的に危ないということで、すぐさま隔離病棟を作って診療チームを結成しました。ここに僕も加わりました。しばらくはコロナ診療チームに従事していましたが、一方で後期研修医としての研修もしなければならないので7月から呼吸器内科に戻りました。ただ、当院では新型コロナで酸素投与が必要だったり、人工呼吸器が必要になるような重症患者さんは呼吸器内科が担当することになったので、7月以降も重症のコロナ患者さんを担当させていただきました。

 

症例を1つ紹介します。30代の男性で基礎疾患なし。熱が出て10日目に病院に来たときにはすでに両肺に広範囲の肺炎がありました。症状と肺炎のタイプから、コロナを強く疑ってはいましたが、入院の翌日、朝7時過ぎに出勤すると、当直だったの後輩から「あの患者さん、朝6時から酸素化が不安定です」と申し送りがありました。「あ、これはコロナの急性増悪が来たな」と思いました。入院した時から、患者さんには「危なくなったら人工呼吸器につなぐよ」と話しておいたので、改めて本人に伝え、すぐに気管挿管して人工呼吸器につなぎました。これが、僕が独り立ちして1人で診療できるようになって7日目の朝でした。

 

世間はそのまま第1波に突入しました。僕自身は、未知の感染症で当時は治療法なんて全然判っていないから、毎日のように英語の論文や国内の症例報告を読みあさって、どんな治療が効きそうかというのを毎朝呼吸器科の先生たちとディスカッションして、答えのない中で治療していたというのが当時の状況です。

 

立川相互病院では、去年の4月1日から今年の3月31日までの1年間で、242人のコロナ患者さんが入院しました。10代から100歳手前まで、男性がちょっと多い印象です。大体3割が熱などの症状だけで退院する人。4割は肺炎がある人。3割が肺炎があってなおかつ酸素を必要とする人です。5%が人工呼吸器を使ってICUに入る人。1%が死亡した人です。

入院患者さんは第1波、第2波、第3波と波に合わせてどんどん増えていくのと同時に、重症患者さんの割合が増えていきました。軽症の人を入院させるスペースがなくなり、病院に来る人はどんどん重症の人になって、人工呼吸器の人も増えていきました。第1波、第2波のときはまだ若い人の割合が多かったのですが、第3波になると若い人はホテル療養になるので高齢者の割合が多くなってきました。

医療現場で何が起きているか

つい最近のニュースで耳原総合病院の現状が紹介されましたが、大阪は今すごく深刻です。重症患者さんがあまりに多くて、本当に毎日が災害みたいな状況です。震災のときのようなバタバタがコロナの患者さんが急変したときに訪れます。そもそも隔離病棟や陰圧個室に入院していて、自分も完全防備してからじゃないと近寄れない。それでも目の前の患者さんには、確実に生命の危機が迫っている。そうした状況からわかることとしては、まず病気としてのコロナが怖いですよね。急に悪くなったり、呼吸不全が強くて人工呼吸器が必要になったり、病気として怖い。あとは感染症として怖い。ICUの看護師さんが「6年いるけど新人のようです」と言っていましたが、覚えていた知識を刷新させて新しい環境に対応していかなければいけないみたいなストレスも、今の医療現場にはあります。

 

そして一般診療への影響と医療崩壊がまさに今起きています。例えばアルコール中毒の若者が心肺停止で運ばれても運び先がない。搬送先がないから救える命が救えない。一般病床を縮小して予定のオペを延期してくださいと大阪では言っています。でも、がん患者さんのオペは延期していいのでしょうか。そういう現場の判断が求められます。延期した数ヵ月で転移してしまうんじゃないか。そういう心配が我々にはつきまといます。

 

この先にどんな未来が待っているのかというのが、今のインドの様子からちょっと想像できるのではないかなと思います。インドでは感染爆発が起きています。NHKのインド駐在員さんの報告があります。病院に行っても治療を受けられずに何時間も待っている人、病院で酸素の供給が間に合わずに亡くなる人、火葬が追いつかず路上に並ぶ遺体、そして遺体の搬送を拒否され、家族の遺体を背負ってバイクで故郷に帰る人。信じられないようなニュースやSNSへの投稿が次々と流れています。「こうしてはいけない」というのはみんなが感じていると思いますが、国と国民、僕ら一人ひとりにどこまでそういうイメージがあるかというと難しいかもしれません。

医師の役割を上流と下流で考える

ここからは、医師の役割を川の上流と下流で考えてみましょう。

 

川で溺れて「助けてくれ」と言っている人がいて、それを救急車で病院に連れていく。これが下流です。上流では川にどんどん落ちてしまう人がいます。社会や予防を考えるときには、医療現場など下流で起きていることだけでなく、上流で起きていることを考えなければいけないというのが一般的な考え方です。社会そのものがどういう構造になっているかというのも大事だと思います。どんなところで人が落ちてしまうかですね。

 

今、下流で起きていることとしては、まず第4波で感染拡大しています。医療崩壊が起きている。医療者の労働環境が悪くなっていて負担が増えている。それから日本では自殺者が増えています。

 

先週の時点での、入院できるベッドの数に対する患者さんの数を見てみると、大阪は5900のベッドに対して2万1000人。もう溢れ出ている状態ですね。大阪のことを取り上げた新聞に「もう余力がない。入院率10%」とあります。これ、すごいことだと思うんですよね。入院しなければいけない患者さんが100人いたら10人しか入院できません。本当にそれでいいのかというような状況。残りの90人がみんな入院せずに良くなるかとか、命が大丈夫かなんて保証は誰もできない。ただ入院率10%という現状があります。

 

「搬送先がない救急車で徹夜の酸素供給」という記事もあります。大阪の100万人当たりの死亡率は19人を超えました。実はインドの100万人当たりの死亡率は14人です。大阪はもうすでにインドを超えている側面もあるのかもしれない。そんな状況になっています。

 

さっき自殺者の増加とありましたが、11年ぶりに日本は自殺者が増えました。これも下流ですよね。まさに川に流されて落ちてしまった人たち。新聞ではコロナが影響しているのではないかと言っています。特に女性や若者の自殺者が増加していて、全体で2万1000人のうち女性は6900人。去年に比べて885人増えました。1日あたり2人以上の女性が去年より多く命を絶っています。20 代の人は2200人。1日あたり6人以上が20代、我々と同世代が命を絶っている。小中高生は440人、1日あたり1人以上ですね。

 

その背景、まさに上流にはいろいろな問題があると思います。我々医療機関ではできること、命を救うことをやるのですが、やっぱり上流をどうにかしないと救えるものも救えないのです。

上流にある問題

ロンドン大学の公衆衛生の准教授の分析で「日本政府は同じ過ちを繰り返すだろう」という報告が去年8月に出されました。内容は
「PCRを拡大する努力が全然ない」
「国民に自粛自粛と言うけれど、自粛をするだけの動機付けができていない。自粛をすることでこういうふうになってこういうふうに解決できますという道筋ができてないから、なかなか先に進まないという状況」
「内閣の子会社として設立された専門家会議は独立的な判断ができていないのではないか。しかも経済学のプロや行動科学とかリスクコミュニケーションのプロがいなかったから、総合的な政策立案ができなかったのではないか」
「どんなふうに政策を決めたかがなかなか我々に伝わってこない。第1波を経て6月、7月で安定したときに、本当ならしっかりと振り返って、次来たらどうするかというのを考えるべきだった。ところがそれをするどころか、6月に専門家会議を廃止してより不透明化してしまった。さらに悪いことに、7月中旬に第2波を迎えた時期にGoToキャンペーンを始めた」など。

 

僕も振り返ってみて「大体その通りだったな」と理解しています。後手後手どころか悪手、悪い手を取っているのではないかという気がします。

 

今は専門家が SNSなど でいろいろ発信していますが、やっぱり行政の人が発信する力には敵いません。そんな中で何を発信するかというのが重要です。例えば「イソジンでコロナがなくなる」と言った人がいますが、イソジンでうがいしたあとにPCR検査に来られると、実際は感染していても陰性化してしまうんです。見かけの陰性化に騙されてこういうことをアピールしてしまう。発信する内容はもうちょっと考えて欲しいと思います。去年の学校一斉休業もなんのエビデンスもないし、子どもたちにとってはむしろ悪手だったというのが小児の学会などでも言われました。

 

これも驚くべきことですが、大臣までやったことのある人のツイッターの投稿で「今こそ空気除菌とか空間除菌とかオゾンをしっかり導入しましょう」というスタンスの発言がありました。空気除菌・空間除菌はエビデンスがゼロではないけれどほとんど効果がないとされていて、むしろ薬によっては喘息の増悪リスクになっています。これも医療や感染症の専門家はかなり問題視している。「科学を大事にしているのかな」という気がしてしまいます。

 

自殺者が増えている背景には何があるでしょうか。去年は1年かけて非正規労働者がとにかく減り続けました。雇い止めにあってクビになってしまったり、次の働き口が見つからなかったり。そして、どの月でも女性のほうが多いんですよね。日本は女性のほうが正規の職につきにくい構造になっていることがわかります。DVの相談件数も去年は一昨年に比べて全ての月で増えています。これもコロナで家の中にいる時間が増えたからですが、やはり女性の被害というのをおおよそに反映していると思います。

コロナで社会の問題が顕在化

こういうふうに上流があって、そもそもこの社会の構造がどうなっているのかというところが大切かなと思います。

 

皆さんは、日本に保健所がどのくらいあるかご存知でしょうか。今、感染症の対応をしている保健所では、職員が毎晩10時、11時まで働いています。保健所の数はこの間ずっと減らされ続けてきて、この30年で半分まで減っています。なぜかというと、公衆衛生とか地域の保健の役割を行政から民間に委託することによって小さい政府を目指してきた経緯があります。国立感染症研究所の研究費や研究者数も減っています。今、厚生労働省も大変らしいです。毎月の残業が300時間とか、毎晩遅くにタクシーで帰るみたいな生活になっているようですが、そんな公務員の人数と人件費も日本は先進諸国で最低です。それぐらい公共の役割を削減している国なのです。

 

そんな中で、日本の億万長者トップ50人は去年1年間で資産が150%になりました。500億円持っていた人は750億円まで資産を増やしています。これだけ大変な人が多い中で、富める者はさらに富んでいく。そういう構造になっているというのも面白いと思います。

 

労働分配率が下がって賃金はこの間ずっと減り続けているし、男性も女性も非正規雇用の割合がだいぶ上がり、平均年収の半分にも満たない年収200万円以下の人が増えている。4世帯に1世帯は貯金がない世帯と言われています。皆さんの将来は、実は平均よりもだいぶ上です。僕らは世の中でどちらかと言うと、もしかしたら富裕層に近い存在になっていきます。

 

そういう分断やギャップがコロナの中で顕在化したのではないかと言っているのが、ハーバード大学教授のマイケル・サンデルさんです。パンデミックは我々に平等に襲いかかってくると思われていました。でも違ったんです。コロナは貧しい人ほど苦しいし、貧しい人ほど命が奪われる。アメリカでも黒人の住んでいる人が多い地域ほど罹患率・死亡率が高かったりします。そういうのをコロナが明らかにしたとサンデルさんは言います。
「自分自身に問いかけてください。貧しい人は努力が足りなかったから苦しんでいるのでしょうか」

 

貧しい人と富める人の差は、コロナ前からずっとあった。なぜそういう社会ができてしまうのかを「能力主義の横暴」と表現しています。みんなが同時にスタートして自分が一番早かったら、多分僕たちは「優勝したのは自分だ」と言ってしまうと思います。でも、「そのスタートラインは本当に一緒だったのか」というところに疑問を投げかけるべきではないでしょうか。実は僕らは優秀な指導者がいたり、優秀なチームメイトに囲まれたり、生まれ持った身体がすごくガタイが良かったり、健康に過ごせていたり、練習場で練習ができていたり、いい靴を履けていたり、それだけなんじゃないかと。そういう運に恵まれた僕たちが、勝った末に何をすべきか。

 

「勝ったからその賞品は自分のものというのではなく、勝利を得たからこそ、それをみんなと分け合えるということこそが、運に恵まれた僕らの義務なのではないか」とサンデルさんは投げかけます。

 

溺れている人に泳げと言っても意味はありません。感染してしまった人に治れと言っても治らない。ではどうするかと言うと、例えば堤防を築いて落ちないようにしたり、下流のほうにしっかりネットを張って海まで流されないようにしたり、一方で落ちないように教育するとか泳ぎ方を教えるというのももしかしたら大事かもしれないけど、根本的な解決にはならないですよね。川以外にも落ちる場所はたくさんあって、全てにしっかり堤防を築けてネットを張れるかというのも僕らの役割になってくるのかなと思います。

医療者として声を上げる

医療者として声を上げるということで、僕らも最近は現場から外に発信しています。実は立川相互病院は、良くも悪くもちょっとバズってしまって。医局の窓に「医療は限界、五輪やめて」という貼り出しをしたら、ツイッターで20万超えの「いいね」がついて、もう賛否両論です。「もっと頑張れ」とすごく叱責されるし、「お前ら大して診てないだろう」と病院に毎日苦情の電話が届いているそうです。でもやっぱりこの社会構造そのものに声を上げないと、下流で人を救い上げるだけではたくさんの命が救えないんです。

 

そういうふうに、あらゆる要因によって阻害される健康を守るために行動することを「アドボカシー」と表現します。「権利擁護」って日本語にすると堅苦しいので「アドボカシー」と言うことが多いけれど、健康を阻害する要因をしっかり排除していく、それを配慮して行動するというのが医療者に求められていると思います。

 

この前、自民党の増子議員が立川相互病院を訪れ(当時、国民民主党)、実情を聞き取りして国会で全部出してくれました。こんなふうに実情を伝えて制度を改革してもらうとか、社会をどうしていくかというのを訴えるのも僕らの役割ではないかと思います。日本ではなかなかデモなどは起こらないけれど、海外では医療従事者がストライキやデモをするのは当たり前です。そういう勇気や責任感、義務感のようなものを持っていきたいと思います。

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