太田先生の生活を支える福祉用具・ケア方法

太田先生の生活を支える福祉用具・ケア方法

by NPO法人Smile and Hope 矢野さん

■電動介護リフト

太田は体重が60㎏以上ありますし、人工呼吸器を使用していますから、人の手で移動をしようとすると、体幹の保持の難しさや呼吸器の突っ張り、脱落、抱える際の転倒など、多くのリスクがあります。しかしリフトを使えば太田の体に負担なく、かつ介助者も太田の顔や周囲をしっかり確認しながら安全に移乗や移動を行うことができます。慣れれば1人での介助も十分に可能です。

 

訪問入浴の際にもリフトを使用しています。厚労省は腰痛予防の指針を出して、女性に対する労働基準規則には30㎏以上のものを抱えてはいけないと明確に示されています。

 

にもかかわらず、日本の医療福祉の現場では、人の手で抱えること、持ち上げることが未だに当たり前の慣習になっています。腰痛を理由に離職する看護・介護職者はとても多いです。
リフトは介助される側だけでなく介助者の体も守ってくれる福祉用具です。ヘルパーさんも含め、安全に取り扱える人を増やしてリフトを当たり前に使える文化にしていけるよう私たちは啓蒙しています。

■スピラドゥ

北欧からやってきたスライディングシートの進化版のようなもので、滑りを生かして摩擦を軽減して移動や移乗、寝返りや着替えなど多方面に使用が可能です。基本的に2枚のシートを使用して対象のものを滑らせることができるので、体の下と肌と洋服の間にシートを滑り込ませれば、着脱もスムーズにできます。介助される側も摩擦をほとんど感じないので、拘縮のある方の着替えなどにも適しています。

 

使用後は側臥位にならなくてもシートを滑らせて回収できるので、体を動かすことが辛い方、難しい方、痛みがある方などにも利用ができると思います。この滑りを生かしたら、対象者の体を動かすことなくシーツ交換もできます。滑りの素材を生かしてリハビリにも活用でき、アイデアの幅を大きく広げることができます。縫い目がなく丈夫な素材なので、適度な大きさに切断して消毒したり洗ったりすることもできるので、病院などでも衛生的に扱えるものになっています。

■ピエゾセンサー

太田はピエゾセンサーをおでこに貼って、おでこを動かすことでパソコンを自由自在に動かしています。センサーが縦、横に動いているところでピコッと押したら一文字を確定できます。動作の速度は変更が可能で、最後は読み上げができます。これを使って会話をすることも可能です。自分で文字を打ち、パソコン操作もできますので、Facebookやアメーバブログを書いたり、ネットショッピングはもちろん、huluを見たりして楽しんでいます。

 

このパソコンは都立神経病院の本間武蔵先生にカスタマイズを依頼し、気管切開前の太田の声が録音されています。ヘルパーに用事があるときなどは太田の声で「おーい」と呼んでくれます。
センサーを使い、パソコンを使えること、気管切開の手術の前にこのような方法で声が残せることを、皆さんもぜひ患者さんに教えてあげてください。

■栄養摂取方法

太田は主に胃ろうから栄養をとっていますが、ラコールなどの栄養剤は使っていません。経管栄養剤にアレルギー反応を起こしたという経緯もあるのですが、すべて家族と同じものをミキサーにかけ、しっかりと濾してから胃ろうに注入しています。気管切開をしていると空気が鼻を通らないので味や風味を感じにくいのですが、太田はゲップをしたときに食事の匂いが上がってきて何を食べたかがわかるといっています。

 

また、こうもいっています。「毎日同じエネルギーをバランス良くとる方なんていません。ときにはステーキやマックを食べるのが人だよね。たとえ口から食べられなくてもヘルパーから『今日の昼食はオムライスですよ』といわれて注入されると気分は全然違うんだよ」と。もちろん自己責任にはなるのですが、太田は体重も減らずに元気に過ごせています。

■肺ケア①カフアシスト

進行性の神経難病の場合、進行している時期と止まってからの時期でケアやリハビリを変える必要があります。進行時期はむやみなケアやリハビリはできません。廃用を防ぐことが目的となります。無理に力が入り、硬くなっているところをほぐし、体を動かしやすくするため、リラクゼーションやストレッチ、精神的なケア、環境の調整などが要点となってきます。呼吸器を使用している太田にとっては、肺の周りの筋肉を柔らかく保ち、空気をたくさん取り込める状態にすることが痰を出しやすくすることにもつながり、結果的に肺炎の予防になります。そんな太田が実際に行っている肺ケアの方法を2つ紹介します。

 

まずカフアシストです。これは私たちでいう「ゴホン」という咳を機械的に促して肺に溜まっている痰を外に吐き出しやすくするためのものです。呼吸器を外し、カフアシストを装着して肺を大きく膨らませて一気に空気を出すという動作を5回ほど繰り返します。ただ単に痰を出すだけでなく、外部から呼吸筋をほぐして肺を広がりやすくする意味合いもあります。看護師が肋骨の上からバイブレーションをすることで痰が動きやすくなるだけでなく、筋肉をほぐして胸郭を広がりやすくしています。カフアシストを有効に行えると肺の奥に溜まっていた痰がごっそり出てきます。このカフアシストをした後で吸引をして痰を取っています。これを5セット行っています。

■肺ケア②LICトレーナー

これは呼吸器をしている人でも深呼吸して息を止めたまま一定の時間保持できるというものです。呼吸器を外し、節のところに装着をします。空気孔をふさぎ、空気を入れて肺を膨らませていきます。このLICトレーナーで太田は1分間呼吸を止めることができます。人工呼吸器を装着する前からこのトレーニングをしているのですが、驚くことに現在のほうが肺活量が増えています。

 

人工呼吸器は一定の空気と圧が継続して肺に送られるため、深呼吸をする機会がありません。深呼吸の機会がないと肺は小さく縮まり、胸郭周りの筋肉も固まって肺の柔軟性は確実に低下していき、肺炎などのリスクも高まっていきます。この訓練によって太田は肺の柔軟性が保たれているため、酸素飽和度も常時98%以上ありますし、吸引もほとんど必要がありません。

■端坐位リハビリ

太田は廃用を防ぐために体をほぐしたりして機能を維持するリハビリを中心に行っていましたが、現在は、少しずつ機能の向上に向けてリハビリも取り入れています。

 

まず、理学療法士と作業療法士の時間では、ともに端坐位をとっています。週に2回行うことで血圧と脈拍数が激減しました。しっかりと足の裏に重力を感じ、長いときには40分座っています。座ることで重力を受け、縮んでいた肺が伸び、横隔膜が下がるため、呼吸状態は極めて良好です。視界も広がり、窓からベランダの花を見たり、天気を確認したりしています。

 

座る前は循環が悪く手足もすごく冷たかったのですが、今では寝ている状態でもかなりめぐりが良くなって、いつでも手足は温かいです。末端の傷の治りもすごく早くなりました。自分の顔を手で拭いたり頭を触ったりすることで「自分で触れている」という感覚を思い出せるといっていました。触ることで太田は心身ともにどんどん健康になっていっています。

■嚥下訓練

言語聴覚士により、週2回の嚥下訓練をしています。たった2口しか飲めなかったのが現在48口まで飲めるようになり、食べ放題に行ったときはソフトクリームやカレーを楽しんでいます。こういったリハビリは生きる希望につながるためとても重要です。訪問看護ステーションで関わっている利用者さんには自分の力を引き出せるようケアの提供を心がけています。

 

あるレビー小体型認知症の方は、ヘルパーが全面的に食事介助をしていましたが、食べ物が口に入っても咀嚼の動作にすぐ移れず食事が進みませんでした。ところが右手にスプーンを持たせてヘルパーが食事の入っているスプーンを口元に持っていくことですぐに咀嚼して飲み込むことができるようになってきました。途中で自分でスプーンを口に運ぼうとする動作も見られるのですが、食べる動作を忘れているわけではないんだということを私たちはすごく認識させられました。「スプーンを自分の手で口に運ぶ」という動作が次の咀嚼、嚥下というプロセスにつながっていると再認識させられた出来事でした。

また、Eさんは10年前、車での事故により左脳に障害が残った方です。

 

長い間、意識もなくベッド上で過ごしてきたと思われてきましたが、麻痺していた右手の介助をすれば書くことができるということを歯科衛生士さんが見つけました。その方と太田が初めて会ったとき、太田が「僕は話せないけど目で話をしているんです。Eさんにも他の話せる手段を一緒に考えたい」というと、「先生お願いします。私も嫌といいたいし話したい。もっと私でいたいです。先生のいうこと、励みになります。また来てもいいですか?」彼女は全てを理解してケア方法を変えてほしいことや自分を人として扱ってほしいと訴えたのです。彼女の筆談を見たときには私たちも全身に震えが走りました。右脳が左脳の代書をしている可能性が高いので、右脳を刺激できるようリハビリに取り組んでいます。

 

北欧では「拘縮はケアの怠慢で起こる」といわれています。力を発揮できる状態を支援者が整えられているか。動けるよう、話せるよう、わかるようにこちらがアプローチできているか。医療者は常に自分へ問いかけなければなりません。私たちの慣習や固定観念がその人を閉じ込め、できることを奪っているかもしれないからです。私たちは利用者さんの可能性を引き出せるよう、廃用を防ぐだけでなく機能向上を目指したケアやリハビリに努めています。

■wアイクロストーク

太田が開発したwアイクロストークは、目と目だけで会話ができるもので、文字盤やパソコンなどの道具が必要ありません。現在、ALSなどの難病におけるコミュニケーション方法は多岐にわたっており、それぞれの方に合わせて文字盤や口文字などを使用していますが、そこに統一性はありません。しかしそれでは特定の相手にしかコミュニケーションが図れず、災害時や緊急入院などに支障をきたす恐れがあります。

 

このクロストークの大きな利点は4つ。道具を使わない、目と目で会話ができる、会話のスピードが他のツールに比べて格段に速いこと、そして最終的には当事者同士が会話できることを目指しています。文字盤などで仲介をすると、ひとりの人とだけ話したいとき、恥ずかしいけれど伝えなければいけないことなども大きな声で言葉に出されてしまいます。話し手のプライベートを守れることは大きな利点だと考えています。

 

ルールは簡単です。話したいときは連続でまばたきをし、終わったら3秒以上目を閉じます。合っていればまばたきを1回、間違っていれば無反応もしくは首を振るように目を左右に振ります。「ば・び・ぶ・べ・ぼ」などの濁点、半濁点などはまばたきの回数を増やして表現しています。読み手は話し手の目の前に図のような透明の文字盤があると考えてください。この文字盤を見つめる場所が話し手が伝えたい言葉になります。

 

1文字を決める手順は2つあります。
1つ目のステップで「あ・か・さ・た・な・は・ま・や・ら・わ」の子音を1つ決め、決めた文字の一点を見つめます。
2つ目のステップで「あ・い・う・え・お」の順に視線を動かし、母音を決めていきます。このように子音、母音の順に文字を1文字決めていきます。最初は文字を覚えることが難しいので1文字ずつ書きながら話をしていきます。練習すればもっと速く会話もできます。

 

現在、沼津高専の学生さんたちがクロストークを読み取れるようなアプリを研究・開発してくださっています。全国の難病・ALSの方たちがコミュニケーションを楽しめるよう、この会話方法が希望になるよう広めていきます。

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